2001年の将棋世界
先日アカシヤ書店に行った際、将棋世界のバックナンバーが1年分2,000~3,000円で束売りに出されていました。普段から雑誌のバックナンバーは気になっていたので、今回は2001年の12冊分を2,200円で買ってみました。
今の将棋世界も観戦記からエッセイまで高い質を誇っていますが、当時のものも、それはそれは面白いです。その中から気に入った記事をいくつかご紹介。
「キレ味。この一手。」はアサヒビールの提供による1ページ連載で、毎号一人の棋士が自分の最近の将棋から切れ味のある手を紹介するコーナーでした。
- 「キレ味。この一手。」(2001年9月号)
米長邦雄「名人獲得の一番」
平成5年春、もうすぐ50歳になろうかという私は7度目の名人戦で中原誠名人に挑んだ。3連勝で迎えた第4局。私は中盤の入り口で攻め込みたい気持ちをぐっとこらえ、112分の大長考で▲9六歩と矢倉玉のふところを広げた。観戦に来ていた谷川浩司が「これはコクのある一手ですね」と感心したと後で聞いた。2日目に入り険しい中盤戦を迎え、△4七角と飛車取りに打たれたのが図の局面。ここで私は63分考えて決断の一手▲2四歩を指した。肉を切らせて骨を絶つ鋭い一着である。この手をやはり観戦に来ていた羽生善治が「鋭い切れ味です」と評し「新名人誕生でしょう」と予言したらしい・序盤はコクがあり中盤はキレのある手が指せた将棋だった。コクがあってキレがある、まさにスーパードライのような将棋で、私は念願の名人位を取ることができたのである。名人獲得後のビールは当然ながら格別の味であった。
多少の脚色はあるかもしれませんが、ここまで軽快で引き付ける文章も珍しいものです。コクとキレというキーワードを使ってちゃんとスポンサーにもアピールしていて、なんかもう脱帽の筆致ですね。
あまりにも有名な観戦記のタイトルですね。藤井猛竜王に羽生五冠が挑戦した第13期竜王戦の第7局は、最終盤で藤井竜王がそっぽに落ちていた歩をじっと拾う手で大局を制した激闘として知られています。すべてを引用することはできませんが、あの重要部分をご紹介。
藤井には時間があった。
十一分考えた。その中で、いつ次の手に気がついたのかは分らない。ただし、瞬間天にも昇る気持ちになったことだけは想像がつく。
歩があった。歩が取れるのだ。
▲8六歩。驚くなかれ、この辺境の一歩を駒台に置いた瞬間、後手玉には受けがなくなった。
一歩、いつも突き捨てたり打ち捨てたりしてぞんざいに扱っている一歩。しかし藤井には竜王を得るための命の歩だった。まるで砂漠のオアシスのように、それは、そこにあった。ひっそりと、おくゆかしくあった。
先崎先生の筆も名高いですが、この文章は藤井ファンならもう暗記しているレベルかもしれませんね笑 全文を楽しみたい方は、ぜひお近くの中央図書館へ。
- 旬の棋士の熱闘自戦記 第7回(2001年12月号)
日浦市郎「自戦記・日浦市郎風」
日浦先生がそのお気に入りの作家、清水義範に倣って文体模写に挑戦。まず冒頭は、加藤一二三九段風に。ちなみに題材は2001年8月の朝日オープン、中川―日浦戦です。
中川七段と私は平成元年の新人王戦の決勝で顔を合わせた。このときの第1号局で中川七段は角換わり棒銀できた。苦しい将棋だったが終盤で中川七段に見落としが出て私が勝った。第2局は相掛かりの将棋となり、私が快勝して優勝を決めた。
これは私にとって非常に喜ばしいことであった。このときに中川七段は粘り強い将棋だという印象を受けた。
本局は振り駒で中川七段の先手となり▲2六歩と飛車先を突いてきた。私は△3四歩と角道を開けた。対して▲7六歩ときたので△4四歩と角道を止め振り飛車を目指した。(後略)
すごい模写力ですね。もはや笑うしかない。
次は森下九段風に。
実は第1図の局面で4筋の位は取り返されたものの、自陣は銀冠の堅陣になっていたのでいい勝負だと思っていた。
ところが読み直してみると、ここで思わしい手がなく、すでに形勢不利になっていることに気づき愕然とした。
第1図までの指し方に問題があったわけなのだが、序盤戦といえど一手一手慎重に指し進めなければいけないのに、漠然と指してしまっていた。これでは棋士として失格である。
(中略)
全くヒドイ将棋を指したものだ。自分自身に対して怒りがこみあげてくる。明日からは禁酒をして1日15時間将棋の研究をしなければ、と心に誓った。
これに関しては誰の模写かも隠しても当てられる人が多かったかもしれませんね。
あと2人分あります。つぎは遊駒スカ太郎(椎名龍一)さん風に。
おいらは第2図の局面を眺めながら「もうダメかあ……。オイラにはやっぱり将棋は向いていないんだ。田舎で畑を耕していた方がよかったかにゃあ……」という世紀末人類絶滅的悲観に陥っていた。(後略)
巧いですね。一人称をオイラにして、あとは長い単語をくっつけるのが特徴。
最後は名前を伏せましょう。ヒントは、棋士ではないです笑
対局が終わった後のビールはうまい。この意見には棋士全員の賛同を得られるだろう(飲めないヒトをぬきにして)。
中には一人くらい「イヤ、オレは冷たいビールよりあっためた牛乳のほうがいいね」というヒトが一人くらいいるかもしれないが、そういうヒトとは友達になりたくない。
(中略)
しかし、やはりうまいビールを飲む一番の条件は対局に勝つことだ。
勝った後、まっすぐ家に帰り、今戦ったばかりの棋譜のコピーを見ながら、ニンマリしつつ一人飲むビールというのもまた格別である。
ビールの丸かじり。ということで日浦八段の自戦記は面白いので他にも読んでみたいと思いました(小学生並みの感想)。
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機会があったら別の年の記事も載せてみたいと思います。