備忘
順位戦のC級1組が終わり、杉本八段と近藤五段が昇級を決めました。
若者が上に行くのは世の常ですが、50歳台で並みいる強豪棋士を抑えて杉本師匠が昇級したには胸を打たれました。
降級にもめげず結果を残す人を見ると、故・米長永世棋聖の著作の一節を思い出します。
さて、順位戦に臨むB級2組の棋士とA級の棋士は、それぞれどういう思いでいるか。
A級の棋士は、「来年もB1に落ちないといいな、絶対、落ちないぞ」と思っている。一方、B級2組の棋士は、「どんなことがあってもB1に上がろう」と考えている。
二人とも同じような将棋を指しているのだが、片方は「B1に行くような不運に見舞われたら、かなわん」という気持ちで頑張っている。もう片方は、B1に上がれる幸運を求めて指しているのである。
こうしてB2からB1へ上がった棋士は、喜びはいっぱいである。将棋の神様はそれを見て、「そんなにここへ来たかったか。そうか、よく来たな」と歓迎してくれる。「居心地はどうだ?」と訊ねると、「最高です。精一杯勉強して、さらに上をめざします。」と答える。神様は、「そうか、頑張れよ」と応援してくれる。もちろん当人も頑張るから、一年後には昇級したり、それが無理でもいい成績を残すことができるのである。
(中略)
同じB級1組という場所に行きながら、「1年間、頑張るぞ」と思いながら将棋を指している者と、「1年間、不幸を背負ってしまった」と思いながら指していく者がいる。その思いの差によって、1年後に出てくる結果は大きく違ってくるのである。
(米長邦雄『不運のすすめ』角川新書 p. 126-127)
将棋に限ったことではないですが、真摯に取り組むことが大切ですね。
当たり前だけれど難しいことです。
短いですが、忘れぬうちにこれを紹介したかったので。
【追記】そうそう、このかんじ。
ついにC2クラスに降級しました。
— 田中寅彦 (@tora_ejison) March 5, 2019
42年と半年かけて平成が終わる年に将棋指しのスタトートに戻りました。
思い返すと、勝っていたのは最初の10年で、私は昭和の棋士だったかも知れません。
しかし物は考えようで、新元号の歳に62歳で新人と同じ立場になれたのだから、藤井聡太目指して一から頑張ろう!
【棋書】2月の新刊
知らないうちに3月になっていたので、2月の新刊紹介をしておきましょう。
★★★★☆
昨年までの横歩取りのブームにいったん落ち着きを取り戻させた青野流。先手の利をいかして積極的に攻めたおす作戦に後手は手を焼いているのが現状です。
青野流のもっとも基本的な変化から、気になる▲7七桂や▲7七角型の変化まで解説しています。著者独特の語り口で引き込みます。
★★★★★(高段者向け)
相居飛車の最新定跡が現在の形に至るまでの変遷を描いた戦術書。
最新戦法の流れを描いた戦術書でありながら、戦法の変遷を描いた歴史書でもある。
上野先生の将棋・序盤完全ガイドが級位者むけの定跡ガイドブックとすれば、こちらはそれの高段者ヴァージョン。
240ページほどの本ですが、さらっと語る変化の裏に膨大な変化が隠れてたりするので、初段の人にもわかりやすいというふうに書き直したら500ページ位になるのでしょうね。
週刊将棋編 将棋「次の一手で覚える」序・中盤の手筋436(マイナビ)
★★★★☆
もはや定番になりつつあるシリーズ。週刊将棋に掲載された次の一手のなかから好作をあつめたもの。今回も勉強になる手筋がいくつも出ていました。
ただし、体系立った知識が身につくわけではないので、初心者のかたは駒別の手筋本(将棋は歩からなど)や戦型別の次の一手本(長岡先生の文庫など)をやるのが先決になるでしょう。
★★★☆☆
こちらも先日出版された3手・5手版の別ヴァージョン。再刊なので前の2冊の本を持っている人はいらないかもしれません。
全部解いた印象として、やや配置が不自然なのが特徴。骨のある作品ということで、実戦で手を読む練習になるかもしれません。
野間俊克 将棋400年史(マイナビ)
★★☆☆☆
将棋が現行の形として制定されてからの400年の歴史を1冊の新書で伝える本。
内容に価値があるとは思うのですが、ほぼ全ページ文字のみで、やや読みづらい印象。また参考文献リストがないのが失点ポイントでした。
羽生善治 二宮清純 歩を「と金」に変える人材活用術(廣済堂新書)
12年前に出された対談本の文庫化。内容はスポーツ寄りだった印象。
井上ねこ 盤上に死を描く 宝島社文庫
ひさびさの将棋ミステリー。積読にしているのでちかぢか読んでみます。
著者の方はツイッターをされていますね。
安藤たかゆき こんなレベルの低い将棋見たことがない! イースト・プレス
Kindleで購入可能なマンガ。筆者の将棋入門にまつわるよもやま話が人気を博しているようです。こちらも著者の方はツイッターをされていますね。
まだ読んでない!
★★★★★
将棋にまつわる短編集。将棋会館の清掃員のおばちゃんや苦労する奨励会員、棋士になりたい女子研修会員などなど、将棋が好きでたまらない人たちの日常を描いています。
個人的には将棋を好きになった子がこども教室にや将棋道場に通ったり、まいにち詰将棋を解いて上達していくあたりの描写で、この世界で仕事をするやりがいのようなものを感じました。
現実世界で将棋を楽しむ(携わる)ひとりひとりにこんな素敵なエピソードがあるんだろうな、と思い至ることができたのが私にとっての財産です。
将棋界への取材もかなりされていたのが好印象。
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今月もがんばりましょう!
0手詰日和
詰将棋ってむずかしいですよね。
一方で、難しい詰将棋をうんうんうなって考え解けたときの快感がたまらないという方は多いでしょう。しかし、それと同時に、ゆるくつきあって楽しめる詰将棋がもっとあってもいいと思うのです。
余談になりますが、最近、初心者の方(一人ではない)と接していて難しいなと感じたのが、「攻め方の駒は余らない」という言葉。
たまに、「攻める方の駒は余らないはずだから、この攻め手順はちがうのかな」というつぶやきを耳にします。それは半分あってて半分間違っているのですが、たとえばこの局面。
これは、▲33桂△11玉▲12歩△同飛▲21金として5手詰です。
2手目に△31玉としても、▲4一角成などで詰みます。(実戦であいてがそうしてきたときにはそのように詰ませてあげればいいわけ。)
詰将棋において「駒が余るから間違い」というフレーズには主語が隠されていて、それはだいたい「玉方の応手が」間違っているせいで詰め方が余裕をもって(あるいは早く)詰ませる手順を答えてしまったという事態のことを指しています。
答えが何通りかあって、しかも持ち駒や攻め駒が余ってもいい実戦の(実戦的な)詰め将棋と異なり、作品としての詰将棋は、答えを1つに特定する必要があります。雑誌の懸賞詰将棋などその顕著な例で、いくつかある詰み形のうちどれを回答しても正解というのでは、採点に時間がかかって仕方ありませんね。
先ほどの図に戻って、攻め方と玉方の両方の手順(すなわち作品全体の手順)を答える懸賞詰将棋などでは、詰将棋のルールにしたがって回答を導きましょう。この例だと初手▲33桂に△11玉のほうが「解答のルールとして」正解ですね。攻め方と玉方が最善を尽くした際に(攻め方は最短で詰まそうとし、玉方はできるだけ長く逃げようとする)、駒が余らない詰めあがりになるように作家さんは心を砕いているのです。
ちょっと余談が長くなりましたが、話題を戻して今回は、あんまり頭を使わずに楽しめる0手詰をいくつか出しておきましょう。「ふんふん、確かに詰んでるねえ」と確かめて鑑賞してあげておいてください。詰んでそうにみえて実は詰んでないみたいなくだらない仕掛けはないので安心してくださいw
1月の新刊
2月の新刊が押し寄せてきたので、遅ればせながら1月の新刊おさらい!
★★★★☆
elmo囲いを解説した本として有名だが、6章あるうちの1章に過ぎない(第6章は実戦編)。そのほかの4章はコーヤン流や石田流組み換えなどの並定跡をまとめたもの。
斬新な新研究というよりかは、よくまとまった教科書のような本。有段向け。
★★★☆☆
玉方持ち駒制限や中段玉作品などで知られる森先生だが、この本はひさびさの王道詰将棋集。その名の通りはじめての詰将棋本としてもおすすめ。初級向け。
★★★★☆
著者が箱庭と好んで呼ぶ、駒数の多くないすっきりした作品集。
既出の作品が多いのが玉に瑕だが、果ファンの人もそうでないひとも必携の一冊。
高段向け。
★★★★☆
先後ゴキ中の最新研究書かつ概観書。先手中飛車対角道不突き型も収録。
ほぼすべての結果図が振り飛車よしなのでリテラシーをもって読む必要がある。
先日の王将戦の変化なども、早めに打ち切られているのが気になる。有段向け。
★★☆☆☆
必至の入門書。必至(必死)ってなに?という方が王手をかけずに相手玉をしばって勝てるようになりますように。初心向け。
『所司和晴「次の一手」で覚える駒落ち定跡コレクション404』(マイナビ)
★★★★★
駒落ちに携わるすべての将棋人におすすめしたいが、定跡を覚えるなんてナウくないダサいメンドクサいと思ってる人にはおすすめできないかも。
佐藤友康『初心者が初段になるための将棋勉強法』(主婦の友社)
★★★☆☆
久しぶりに出た将棋勉強法の本。内容に目新しさはないが、ビジネスの世界に身を置く著者だからこその視点があり、そこは(記述法含め)勉強になった。
★★★★★
羽生先生の半生記。初タイトル獲得から七冠独占までのタイトル連戦の流れがよくわかってためになった。メインの脇役である島九段、村山聖九段がしっかり描写されていた。
★★★★★
研究会仲間の長岡先生が羽生先生のことを豊富なエピソードをまじえて紹介する読み物。一言で要約すると、尊い...。
加藤一二三『ひふみの言葉』(パルコ)
★測定不能
とにかく元気が出ます。時代は修造かひふみんかですね、ほんと。
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記載漏れがあったら言ってくださいね!
筋と形を囲碁から学ぶ
囲碁をやっていると、「こんな教材が将棋にもあるといいな」とか、「この人の棋風を将棋でも見てみたいな」とかいうインスピレーションを得ることがあります。
囲碁には「筋と形」というコロケーションがあって、経験則からこの形が9割方ただしく美しいよということを示しています。
筋と形に従って打つメリットは(1)きれいで再現可能な碁になること、(2)考える・読むエネルギーを省略できることがあるでしょう。
(反面、ゴリゴリの読みの碁には勝てなかったり、読まないといけない例外で失敗することはある)
ちなみに筋の反対は俗手(ぞくしゅ)。この辺の用語は将棋と同じですね。
今回はそんな教材を紹介してみます。
ちょっと数が多くなってしまったので内容の紹介は省きますが、どれも必読書でしょう。将棋に行き詰まりを感じた方は、読んでみてはいかが。
三村智保『筋がよくなる!勝てる!石の形集中講義』(マイナビ)
三村智保『初段突破 楽に勝てる石の形』(NHK出版)
『新ポケット定石100』(日本棋院)
↑これは★★★★★
『初段合格の定石150題』(日本棋院)
郭求真『筋が良くなる基礎詰碁200』(マイナビ)
月刊碁学編『ひと目でわかる「本筋・俗筋」対照表』(マイナビ)
前田陳爾『置碁辞典』誠文堂新光社
牛窪義高『碁の戦術』(マイナビ)
↑これは★★★★★
以上!これぜんぶの将棋バージョン書きたいな~
「ノーマル振り飛車の主役は角」 ~3つのエピソード~
まずは次の一手からスタート。答えは最後に。
今回は、ノーマル振り飛車戦法の要が実は飛車ではなく角なんだよという感覚を示す言説をご紹介します。もちろんそれが常に正しいというわけではないので、あくまで参考までにどうぞ。個人的には、ノーマル振り飛車における飛車は角にさばきを与えるための立役者であり、戦いが起きるまでは飛車は仮置き場に置いているにすぎないととらえたりしています。
(1)先崎学『駒落ちの話』(日本将棋連盟、p186、初出は将棋世界)
将棋指しは、駒落ちの上手に関して、おおまかにいえばふたつのタイプにわかれる。
飛車落ち派と角落ち派である。飛車落ちと角落ちというのは兄弟分であるが、似て非なるもので、上手として指しこなすコツもまるで違う。まあプロであるのだからどちらも指しこなせるのだが、やはり得手不得手、好き好きがわかれるのである。
飛車落ち派の代表は鈴木大介八段である。「角落ちよりも飛車落ちのほうが上手は勝ちやすい」などとよくいっている。どうも本気のようなので、飛車落ちの上手に相当の自信があるか、角落ちに自信がないかなのだろう。
藤井猛九段も飛車落ち派である。本人は公言していないが、あきらかにそうだ。またこれは一局も見たことがないのだが、久保利明八段も飛車落ち派であろう。想像で書くが、彼は角落ちの上手は苦手に違いない。なにしろあの捌きの将棋ですからね。
ベテランの棋士でいえば、鈴木君の師匠の大内延介九段なども飛車落ち派である。これも久保君と同じく豪快な捌きの棋風であるところからだろう。飛車を大きく捌くのが好きな棋士が、飛車のある角落ちよりも飛車のない飛車落ちのほうが得意というのは、将棋とは不思議なものである。
ここまで棋士の名前を見て、もうお分かりでしょう。そう、飛車落ち派は振り飛車党の棋士に多いのである。たしかに飛車落ちの上手の陣は振り飛車の陣形に似ていなくもない。
(前略、玉を囲うのが2八と8八どちらがよいかに触れて)そう、2八に行きたいでしょう。8八は、飛車と角の両方の利きに入って、盤上で最も危険な場所といえます。
振り飛車は玉を右に囲う戦法で、飛車と角の両方の利きから逃れています。つまり振り飛車の美濃囲いは非常に理にかなっています。ただし飛車が2八にいては玉を囲えないので、最初に飛車を動かすんです。振り飛車戦法は「美濃囲い戦法」と呼んでもいいくらいだと私は思っています。美濃囲いに囲うのが本当の目的なんですね。(太字著者)
勝又六段が中田功八段へインタビューした際の中田八段の発言。
「振り飛車の長所は?」と聞かれたら、私は真っ先に「角が敵陣をにらんでいることだ」と答えます。だからコーヤン流は角に頑張ってもらうための戦法なんです。ちょっと藤井システムに似ている?そうですね。穴熊を退治しようと思ったら飛車より角ですよ。角を切って飛車をさばくのではなく、飛車を切って角をさばくのではないと。だから私の飛車はタテよりもヨコに動くほうが多い。
ちなみに上図から、△2四飛!▲同歩△6五歩▲2三歩成△6四角と進展、結果はコーヤン勝ち。
最後に冒頭の次の一手の答え。
▲5五同飛が正解。以下△同角なら▲同角で飛香両取りがかかる(下図)。
問題図で、▲5五同角から行くと、△同角▲同飛に△4四角などのまぎれの可能性を与える。
A級ラス前解説会
いてはりました。
11時に仕事が終わって帰り道、気がつくと千駄ヶ谷だったので「A級ラス前は年に一度しかないし」と思って下車。
解説会に来るのは何年ぶりか思い出せないくらいですが、ともかく久しぶり。将棋会館には強くなる空気が漂ってると思います。あ、それは2階のトイレの芳香剤の匂いとは別です。たしかに匂い強いけど。
11時半をゆうにすぎてから入ったので、二列目の席が空いていました。女性客の多さに驚く。半分以上だったのではないか?時代は変わりましたねえ。
そして棋士に向かってパシャパシャカメラ。いつもツイッターで見る写真はこうやって生成されてるんだなあと、ありがたいやらちょっとうるさいやらでなんか不思議な感覚です。
ツイッターで見かける人もちらほら。
解説は名人と木村九段と佐々木勇気六段が入れ代わり立ち代わり。久保三浦戦の棋譜から伝わる三浦九段の執念というか諦めきれなさに切なくなりました。やっぱり最後に残るのは久保三浦戦なんだよね。
やはり(関西の対局もあるけれど)現場の空気はいいですね。将棋が強くなるといいますが、それは将棋へのモチベーションが上がるからだと思います。うまく言葉にはできないのですが、たとえば名人でさえちゃんと考えなければ詰みは読み切れないんだとか、棋士によっても形勢判断は微妙に違うんだとか、そういうささいな人間味を感じることで、強い人とはいえ神ではないのだなあと安心し、自分も努力しようと思う気になる。
明日からも将棋頑張ろっと☆