敗局に名局あり
羽生善治の▲5二銀、谷川浩司の△7七桂、藤井聡太の△7七同飛成、加藤一二三の▲6二歩、升田幸三の△3五銀、中原誠の▲5七銀...
歴史に残る名手は多いですが、その多くはそれを指した人が勝った将棋のようです。将棋マニアとしては、羽生善治の△6六銀はその後、千日手になったことが思い起こされるくらいでしょうか。
今回は、中盤までうまく指しすすめながらも惜しくも敗局となってしまった名局を3つ紹介します。
1.羽生善治王将の△6二銀
2008年の第66期名人戦の第一局から。椿山荘で行われた本局はNHKの密着番組の取材が入っており、藤井九段の「ずいぶん雑だね」発言でも有名な将棋です。
先手の森内名人の右四間飛車に対してしばらく受け身に立っていた挑戦者でしたが、ここで柔らかい好手を見せました。
ここで△6二銀と引いた手が、直前の先手の▲1七香をとがめた構想。以下▲6五歩△5三角と進むと、後手の角が1七香を直接にらみ、先手の右桂の活用を妨げることに成功しました。この柔軟な駒の繰り替えに当時の控室にいた棋士も嘆息したようです。
2.中原誠前名人の▲5四歩
谷川浩司王将に中原誠前名人が挑んだ1994年の王将戦の開幕局より。
矢倉党にはなつかしい森下システムの定跡形から、▲5四歩と突き出して攻めを開始したのが積極策。以下、角を銀と刺し違えて数手進んだ次図。
ここで▲3五飛!と切り飛ばしたのが中原流の猛攻。以下細い攻めがつながりそうでしたが、最後は谷川先生の光速の即詰みが炸裂する結果になりました。局後の感想では、上図のあたりまでの先手の攻めは難解ながら成立していたようで、中原先生の攻めの鋭さを証明する形となりました。
この局面は、1968年の名人戦第二局の中盤の模様です。先手をもって指しているのは升田幸三九段、後手は大山康晴名人です。時代を先どったこの穴熊作戦。▲9八香を着手した升田九段は立会人や記録係の座っているほうに顔を向けてフフフと笑ったといいます。現代では▲7八金型もいわゆる松尾流穴熊を示唆しているようで新しいという評価もありますね。
もう一つ、この将棋で注目したいのはこの穴熊作戦に対する大山名人の対応。銀冠に組み切らずに△6一飛と構え、最後は△8五桂からの端攻めで穴熊を攻略しました。この将棋は終盤の二転三転もあり、とても面白いのでぜひ棋譜を調べて並べてみてください。