【名局紹介】升田名人の大局観
今日は私の好きな棋譜を紹介します。
『升田将棋選集』第2巻より。この5巻本は升田幸三先生の名棋譜を300局収録した大著で、私自身、人生が終わるまでにこれらの棋譜を並べる自信がありません笑
第2巻は昭和23年から29年までの円熟期に相当し(30歳~36歳頃)、有名な高野山の決戦も語られています。
今回紹介するのは第71局・夕刊毎日棋戦、▲坂口允彦八段-△升田幸三八段(昭和24年10月)です。図面に名前は入れませんが、以降後手が升田先生です。
【第1図】
出だしは普通の相掛かりです。角換わりと並んで当時よく見られた戦型。
【第2図】
互いに飛車先の歩を交換したあと、銀を戦いの場に進めます。
現代では▲38銀や△72銀という形をよく見ますが、この▲48銀の形は当時では普通の手だったようです。
ただし、升田先生の△54歩は明らかに趣向。先手はこれをとがめにいきます。
【第2図からの指し手】
▲22角成△同銀▲88銀△53銀▲46歩△44銀▲47銀(第3図)
【第3図】
「角交換に5筋を突くな」の格言通り、先手は角を交換してきました。5筋の歩が突いてあると、将来▲71角から▲26角成のような手が残って陣立てに苦労するだろうとの読み。
升田「疑問手かどうか、この後の指し手を見て判断していただこう。」
【第3図以下の指し手】
△35歩▲45歩△同銀▲35歩△36歩(第4図)
【第4図】
升田「△44銀から△35歩と、一見、強引とも思える仕掛けに、坂口さんは我が目を疑うような顔をしていた」
3筋の歩交換を見せつつ、強引に37の地点を狙っていきます。升田先生がこの攻めをしてきたら、私はその時点でもう受けきれる気がしません笑
【第4図以下の指し手】
▲48金△64角▲46歩△同銀▲36銀△33銀
▲47歩△57銀成▲同金△19角成(第5図)
【第5図】
先手の坂口先生は、第4図で▲46歩としたかったのではと書かれています。しかし以下△37歩成▲同桂△36歩▲45桂△37角▲48角△26角成▲同角△27飛の進行で後手良し。これが先手の誤算でした。
本譜、後手は銀を犠牲に香を取り、馬を作りました。これでも駒得の先手が良さそうに見えますが...
【第5図以下の指し手】
▲46角△18馬▲19銀△24香▲25歩△36馬
▲同飛△25香▲39飛(第6図)
【第6図】
後手は馬が死んでしまいましたが、銀と刺し違えて先手を歩切れにしました。
ここで好手が出ます。よく見ればこの局面、「歩切れに角切りあり」ですね(前の記事参照)。
【第6図以下の指し手】
△44銀▲77桂△55銀打▲68玉
△36歩▲17桂△27香成(第7図)
【第7図】
升田「(△44銀は)平凡なようでいて、言わせてもらえれば、これが本局を決めた名手だった。これで攻めに厚みができ、先手からの反撃に対する防御にもなっている。」
私の解説は不要でしょう。
【第7図以下の指し手】
▲36飛△17成香▲34歩△35歩▲26飛△46銀
▲同歩△37角▲29飛△48角成▲66歩△36歩
▲65桂△37歩成(第8図)
【第8図】
先手は角を手持ちにしているものの、その使い場所がありません。19の銀が遊んでいるのも痛いでしょう。一方後手は一番いいタイミングで46の角を取り、△37角と急所に打ち込みます。△44銀の先受けも目一杯働く格好で、差は広がるばかりです。
あとは収束手順を見るだけでいいでしょう。
【第8図以下の指し手】
▲45歩△47と▲67金寄△55桂▲44歩△67桂成
▲同金△58馬▲77玉△57と▲同金△同馬
▲68銀△56金▲79桂△66馬▲78玉△65馬
▲67歩△同金▲同銀△29馬▲53銀△48飛
▲68歩△55桂(投了図)
まで102手で升田八段の勝ち
【投了図】
仕掛け周辺の読みの深さと大局観のよさで勝ちきった本局は、升田先生の完勝譜といえます。角を切っても体力勝ちできるという大局観は(私の解釈では)現代的で、時代を先取りしています。
このような名局が満載の本棋譜集、古書店で見つけたらぜひ手にとってみてくださいね。