みずたま将棋ブログ

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一段金に飛捨てあり、歩切れに角捨てあり

史上最多となる6人によって争われたA級プレーオフは、羽生二冠が決勝で稲葉八段を下して名人挑戦権を獲得しました。

 

羽生先生は一昨年に佐藤天彦先生に名人を奪取されて以来の名人戦登場とのことで、久しぶりの竜王名人対決という意味でも注目が集まります。

 

▲稲葉△羽生戦の感想戦の最中、盤側から「(下図で)▲23馬に代えて▲56馬は?」との指摘が飛びました。

 

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馬の力で盤上を支配してゆっくり指そうとの意図で、その場では両対局者ともかなり有力との反応を示したように見受けられました。

 

一般的に、駒を損した側はその差が顕在化しないうちに勝負を決めようと急ぐものです。しかし最近はこの場合のように、大駒を失っていても(この場合「金歩歩 vs 飛」で駒割はやや損か)、それを上回る代償があればゆっくり指して大丈夫というケースが少しずつ見受けられるようになってきたように思います。

 

こうした指し方が成立する条件として、自陣に大駒を打ち込まれる隙がないことはほぼ絶対と言えます。これを表す有名な格言が「一段金に飛捨てあり」です(自陣の金が一段目にいるなら飛車を捨てて攻めることもできるという意味)。

 

定跡の中にこの格言の有名な例があります。2つほどご紹介しましょう。

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まずはゴキゲン中飛車対超速の変化。図から△55同飛!が好手で、以下▲55同銀△同角(下図)となった局面は飛車取りが受けづらく、いつしか居飛車がこの変化自体を選ばなくなりました。

 

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もう一つは横歩取り△23歩戦法。昭和の時代、木村義雄先生や塚田正夫先生の頃に流行った指し方のようです。

 

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図では飛車取りと角成りの両狙いが受からず困ったようですが、ここで▲32飛成!が好手。

以下△32同銀にじっと▲38銀と角成を受け、難しいながら後手の角の負担が大きく先手指せるが現代の結論です。

 

 

また、飛車を捨てるときだけでなく、角を捨てるときにも自陣へのケアは絶対に必要です。

顕著な例は炎の七番勝負の▲藤井聡ー△羽生戦でしょう。

 

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有名なこの将棋ですね。いかにも現代調の仕掛けです。

 

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角を犠牲に猛攻を仕掛け...

 

少し進んで一連のやり取りが落ち着いた次図。

 

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駒割は「▲金歩3 vs 角桂」で、実際のところ先手が損しています。

(※駒の損得の計算方法・点数評価についてはググればたくさん出てくると思います。たとえば

https://www.shogitown.com/school/situation/page02.html など)

 

しかしこの局面、私の手元にPCで先手+200程度でした(互角)。

先手陣は一段金が光り、後手からの角の打ち込みがありませんでした(後手は自陣角を選択)。ここからも長く(←ここ重要)難しい戦いが続きましたが結果は周知の通り▲藤井四段(当時)が制しました。

 

この例から、大駒を切って持久戦にするときには、飛車を捨てるときの条件だった「一段金」以外にも重要な条件に気づくかもしれません。相手の歩切れです。

歩は将棋の皮膚のようなもの(羽生)であり、これがないと自陣の修復がうまくできません。攻めの潤滑油としての歩がないと、後手から攻撃の取っ掛かりがつかみづらいことも重要です。いうまでもなく、「歩のない将棋は負け将棋」なのです。

 

類例に▲村山-△澤田戦(朝日杯、2017年2月)があります。

 

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2筋の歩を突き捨てた局面。ここから▲55角△73銀▲22角成!△同銀▲24飛△23歩▲34飛△32角▲75歩(下図)で難しいながらやや先手良し。結果も先手勝ち。

 

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ここでも歩がない後手は▲34飛へのうまい受けがなく、窮屈な角を打たされています。

 

以上見てきたように、飛車を捨てるときには自陣に打ち込みの隙がないか、角を捨てるときにはそれに加えて相手が歩切れになるかどうかに注目して指してみるといいかもしれません。(もちろん、上記両方の条件が揃うならさらに好ましいです。下図は私の指した練習将棋から。)

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一昔前、Bonanzaという将棋ソフトが、好き好んで自分の角を相手の金と刺し違える癖があることが話題になりました。コンピューター将棋への理解も深まりつつあるいま、当時の棋譜を現代の目でもう一度検討して見る必要があるかもしれませんね。